365mm

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女々しい男子の男らしい決断

(このコラムはフィクションです)

 


ある晩、親友に誘われて飲みに行った。

永田町の中華料理屋だった。


「いや、実はさ、家を買うことにしたんだよね」

「あぁ、うん。いやいや、待て待て。なんか話違うくない?  」

「まぁいろいろあってさ。まぁ、言ってたほど悪くはないんだよね」


突然の展開に驚きが隠せなかった。

急な展開すぎた。

ほんの数ヶ月前まで、あんな状況だったのに、どうしたってんだ。

 


数ヶ月前。


仕事終わりのいつものスタバにいたところ、親友からメッセージが入った。

「今、電話していい?  」


いつもながらに、まるで気の利く彼女のような配慮っぷり。

親友とはもう18年くらいの付き合いになる。

とっても繊細な、気の優しい男だ。優しすぎて、優柔不断というか、どこか頼りないような印象を受けることもある。

そして、女子力が高い。


そんな女子力高めの親友とは、長い付き合いとはいえ、電話で話すようなことはこれまであまりなかった。なんだか新鮮な感じだ。


いいよってことで、スタバで電話が始まった。

電話が繋がって、親友は開口一番こう言った。

「もうさぁ、いっしょに暮らすのしんどいんだよね」


はぁ?

ちょっと、状況がわからないんですけど。

 

状況を聞くと、だいたいこんなかんじだ。

結婚して一緒に暮らし始めたけど、彼女が時折出す負のオーラというか、かまってちゃんオーラが尋常じゃない、それが原因で仕事も休まなくてはいけなくなったりして、つらい。もう耐えられない。

ということだった。


しまいには「離婚の話も出てる」という状況だった。


あんなにみんなで祝ったのに、こうもすぐに離婚話が出てるなんて、

人の人生ってわからないもんだな。


突然の相談に、思わず固まってしまった。


半年前、親友の結婚式があった。田舎から東京に出てきている数少ない友人達と一緒に祝った。大切な親友の結婚だけあって、それはそれは嬉しかったし、みんなで祝福した。親友も幸せそうな笑みを浮かべ、幸せいっぱいな結婚式だった。


それから半年。

離婚の話にるなんて寝耳に水。びっくりだ。間違いなく、自分の中のビックリごとベスト・オブ・ザ・イヤーだ。


彼女がそうなってしまうことには色々な原因があるようだった。親の離婚と再婚、継父との関係、トラウマ。心療内科にも相談したことがあるとのことだった。


親友だし、その前に男なんだし、全部受け入れる覚悟で結婚したんじゃなかったのか?  そう言いかけたが、親友の落ち込みっぷりがすごかったから、さすがにいえなかった。それよりも親友として何か力になれることはないかと色々考えた。


僕はその専門家ではないけど、

心理系の知り合いが何人かいたので、それを紹介するよ?  とか、

またいつでも話聞くよ、とか。

結局何の解決にもならなかったけど。

あぁ、自分の力不足。


「普段はいいんだよ。普段は」

親友は何度もくりかえした。日常生活に勝敗なんてないが、強いてつけるとするなら、100戦98勝2敗ぐらいだそうな。ただその2敗がとてつもなく、おもいらしい。

完璧な人間なんていなければ、完璧な夫婦もないんだから、勝率98%ならいいんじゃないの?  と言ってみたが、どうも彼は納得できなかったようだ。


「離婚してもいいと思う?  」

こう聞かれたが、なんとも答えられなかった。

自分の人生なんだし、自分の好きにしたらいいじゃん、という自分と、

一度決めた結婚を、そう簡単に切れるもんじゃないでしょ、っていう自分で葛藤した。


「まぁ、そうだよね。ほんと最近そのせいで疲れちゃて。とりあえず話せてちょっとスッキリしたわ」

親友はそう言って電話を切った。

まぁ少しでもためになったのなら良かったけど。


それから、あまり連絡もないまま数ヶ月がすぎた頃、親友から連絡が入った。

「今度、飯いこうよ」

ラインとか電話ではうまく伝えられないから、っていう理由で親友からのお誘いだった。これはついに離婚なのか?  頭はそれでいっぱいだった。誘ってきた親友の様子からは悲愴感は感じないし、なんというか、どここスッキリしている印象だ。


これはもしかすると、事後報告なのか?

いろいろ面倒ごとの整理がついた後の事後報告なのか?

スッキリしましたーーー!  人生、再スタートしまーす! の宣言なのか?

 

約束当日、家路を急ぐサラリーマンの流れに逆流しながら、永田町の駅を抜け、待ち合わせ場所に向かった。

「おう、久しぶり」

いつもと変わらない親友がそこにいた。

前からのこともあって、真っ先に訊いた。

「あれからどうした?  」

彼はもったいぶった様子で答えた。

「いや、実はさ、家を買うことにしたんだよね」

ええ?  という僕の表情を楽しむかのように彼が続けた。

「それにさ、子供ができたんだよね」


まじかーーーーー!!!!


親友の、見事な逆転満塁ホームランだった。

そして、僕の中のビックリごとベスト・オブ・ザ・イヤーがあっさり更新された。


あれやこれや僕に説明し終えた親友の表情は、いつにも増してしっかりしていた。

腹を決めた、

人生を決意したような、

真摯な、真剣な眼差しをした親友が、そこにいた。

そしてなにより、男らしく感じた。


女々しい男子は決断したのだった。

 

あぁ、ちゃんと決心したんだな。


腹から人生を決めた親友を頼もしく感じた。


「やっぱ子供って大変?  」

「そりゃぁね。大人の何倍も大変だよ」

「まじかー」


楽しそうに未来の家族計画を話す親友は、とても幸せそうだ。


「おめでとう」


僕は、心から2回目の祝福を送った。

 

《終わり》