女々しい男子の男らしい決断
(このコラムはフィクションです)
ある晩、親友に誘われて飲みに行った。
永田町の中華料理屋だった。
「いや、実はさ、家を買うことにしたんだよね」
「あぁ、うん。いやいや、待て待て。なんか話違うくない? 」
「まぁいろいろあってさ。まぁ、言ってたほど悪くはないんだよね」
突然の展開に驚きが隠せなかった。
急な展開すぎた。
ほんの数ヶ月前まで、あんな状況だったのに、どうしたってんだ。
数ヶ月前。
仕事終わりのいつものスタバにいたところ、親友からメッセージが入った。
「今、電話していい? 」
いつもながらに、まるで気の利く彼女のような配慮っぷり。
親友とはもう18年くらいの付き合いになる。
とっても繊細な、気の優しい男だ。優しすぎて、優柔不断というか、どこか頼りないような印象を受けることもある。
そして、女子力が高い。
そんな女子力高めの親友とは、長い付き合いとはいえ、電話で話すようなことはこれまであまりなかった。なんだか新鮮な感じだ。
いいよってことで、スタバで電話が始まった。
電話が繋がって、親友は開口一番こう言った。
「もうさぁ、いっしょに暮らすのしんどいんだよね」
はぁ?
ちょっと、状況がわからないんですけど。
状況を聞くと、だいたいこんなかんじだ。
結婚して一緒に暮らし始めたけど、彼女が時折出す負のオーラというか、かまってちゃんオーラが尋常じゃない、それが原因で仕事も休まなくてはいけなくなったりして、つらい。もう耐えられない。
ということだった。
しまいには「離婚の話も出てる」という状況だった。
あんなにみんなで祝ったのに、こうもすぐに離婚話が出てるなんて、
人の人生ってわからないもんだな。
突然の相談に、思わず固まってしまった。
半年前、親友の結婚式があった。田舎から東京に出てきている数少ない友人達と一緒に祝った。大切な親友の結婚だけあって、それはそれは嬉しかったし、みんなで祝福した。親友も幸せそうな笑みを浮かべ、幸せいっぱいな結婚式だった。
それから半年。
離婚の話にるなんて寝耳に水。びっくりだ。間違いなく、自分の中のビックリごとベスト・オブ・ザ・イヤーだ。
彼女がそうなってしまうことには色々な原因があるようだった。親の離婚と再婚、継父との関係、トラウマ。心療内科にも相談したことがあるとのことだった。
親友だし、その前に男なんだし、全部受け入れる覚悟で結婚したんじゃなかったのか? そう言いかけたが、親友の落ち込みっぷりがすごかったから、さすがにいえなかった。それよりも親友として何か力になれることはないかと色々考えた。
僕はその専門家ではないけど、
心理系の知り合いが何人かいたので、それを紹介するよ? とか、
またいつでも話聞くよ、とか。
結局何の解決にもならなかったけど。
あぁ、自分の力不足。
「普段はいいんだよ。普段は」
親友は何度もくりかえした。日常生活に勝敗なんてないが、強いてつけるとするなら、100戦98勝2敗ぐらいだそうな。ただその2敗がとてつもなく、おもいらしい。
完璧な人間なんていなければ、完璧な夫婦もないんだから、勝率98%ならいいんじゃないの? と言ってみたが、どうも彼は納得できなかったようだ。
「離婚してもいいと思う? 」
こう聞かれたが、なんとも答えられなかった。
自分の人生なんだし、自分の好きにしたらいいじゃん、という自分と、
一度決めた結婚を、そう簡単に切れるもんじゃないでしょ、っていう自分で葛藤した。
「まぁ、そうだよね。ほんと最近そのせいで疲れちゃて。とりあえず話せてちょっとスッキリしたわ」
親友はそう言って電話を切った。
まぁ少しでもためになったのなら良かったけど。
それから、あまり連絡もないまま数ヶ月がすぎた頃、親友から連絡が入った。
「今度、飯いこうよ」
ラインとか電話ではうまく伝えられないから、っていう理由で親友からのお誘いだった。これはついに離婚なのか? 頭はそれでいっぱいだった。誘ってきた親友の様子からは悲愴感は感じないし、なんというか、どここスッキリしている印象だ。
これはもしかすると、事後報告なのか?
いろいろ面倒ごとの整理がついた後の事後報告なのか?
スッキリしましたーーー! 人生、再スタートしまーす! の宣言なのか?
約束当日、家路を急ぐサラリーマンの流れに逆流しながら、永田町の駅を抜け、待ち合わせ場所に向かった。
「おう、久しぶり」
いつもと変わらない親友がそこにいた。
前からのこともあって、真っ先に訊いた。
「あれからどうした? 」
彼はもったいぶった様子で答えた。
「いや、実はさ、家を買うことにしたんだよね」
ええ? という僕の表情を楽しむかのように彼が続けた。
「それにさ、子供ができたんだよね」
まじかーーーーー!!!!
親友の、見事な逆転満塁ホームランだった。
そして、僕の中のビックリごとベスト・オブ・ザ・イヤーがあっさり更新された。
あれやこれや僕に説明し終えた親友の表情は、いつにも増してしっかりしていた。
腹を決めた、
人生を決意したような、
真摯な、真剣な眼差しをした親友が、そこにいた。
そしてなにより、男らしく感じた。
女々しい男子は決断したのだった。
あぁ、ちゃんと決心したんだな。
腹から人生を決めた親友を頼もしく感じた。
「やっぱ子供って大変? 」
「そりゃぁね。大人の何倍も大変だよ」
「まじかー」
楽しそうに未来の家族計画を話す親友は、とても幸せそうだ。
「おめでとう」
僕は、心から2回目の祝福を送った。
《終わり》